今年は民生委員制度が創設されて100周年になります。
100年前と言えば、1917年、つまりロシア革命の年です。
岡山県での「済世顧問制度」、翌年に大阪府でスタートさせた「方面委員制度」がその起源だそうです。
午前中の本会議が終わってから、「神戸市民生委員児童委員大会」(神戸市民生委員児童委員協議会、神戸市、神戸市社会福祉協議会主催)に来賓として出席しました。
兵庫県では、大正15年(1926年)に方面委員制度が創設され、昭和の始めに神戸市内でも委員が委嘱されて、活動を開始します。
当時は、生活困窮者への救済、貧困に陥りそうな人に寄り添った指導や支援活動をしていたようでした。
最近では地域における福祉的要求は、ますます多様化しています。
私の知人で民生委員・児童委員をしておられる方や以前活動されていた方からも伺ったことがあります。
孤独死者が出て心を傷められた体験、こどもへの虐待、生活保護の相談、地域で上がっているさまざまな要求…。
民生委員・児童委員への期待はますます高まって来ています。
責任感や正義感の強い人でないと務まらないと感じます。
敬意をおぼえます。
しかし一方で深刻な人手不足。
一人一人の民生委員・児童委員の方々の負担軽減も課題です。
しかし、負担が大きくなる背景には、福祉・くらしの増進という課題をないがしろにしてきた政治が積み重なって来たことが挙げられると思います。
阪神・淡路大震災後、市職員数を急速に減らし続けてきた神戸市。
住民から見れば、ますます敷居が高くなってしまいます。
地域見守り活動では、これからもLSA(生活援助員)の役割は大切なはずです。
地域任せでは本当の解決にはならないのではないかと思いました。
戦後、日本国憲法が施行されて、法律が整備され、社会保障が制度として位置付けられました。
命と暮らしを守る。
国も行政も社会保障・社会福祉に本気で力を入れてこそ、地域の皆さんによる献身的な活動が豊かにすみずみまで活かされて来るのではないでしょうか。
今日、8月2日はボクの誕生日。
とうとう、50歳の大台に乗りました。
「もう40代ではない、50になるんだ」という意識は、昨年くらいからあったような気がしますから、そんなに意識はしていません。
人生の節目にあたりますが、私も、私なりの理想や目標がいくつかあります。
①神戸市議を6期以上務めること。いまで3期10年ですが、日本共産党議員団幹事長という責任ある任務を頂きました。議会対応に精通し、地元に根付き、落ち着いて一生懸命、筋を通して頑張っていきたい。多くの皆さんに支えていただいて、今日、この充実した仕事に就いている。
②学問を深めること。大学院時代にイギリス農業や共通農業政策をテーマに勉強したことが、まるで昨日のよう。あれから約30年。6月のイギリス総選挙で労働党が保守党政権を追い詰めた。また、その労働党が10年ほど前とは違って、革新的な政党と言っても良いような変化をしていること。人民が政治を動かす。核兵器禁止条約に関わっての日本共産党との交流も楽しみです。激動の時代だからこそ深めてみたいのは、世界史、語学、そして教育学。
③体重は4~5キロ減らすこと。それこそ、50歳ですから!
とにかく、健康であることが、大切。
″大丈夫″と過信することは許されない年齢でもあるので、よく、妻からも忠告されますが、気をつけます^_^;
何せ、私は公人なので、智・徳・体ともに健全であることを!
連日の猛暑。年々、エスカレートしているかのような気がします。
先週末、昨日、今日と、区内の夏まつりを10か所ほど参加しました。
それぞれの夏まつりには、特徴がありますすし、歴史があります。
例えば、「多聞台カーニバル」という夏まつりは、今年で50回目とお聞きしました。
毎年、毎年準備と片付け等で大変な苦労があるかと思います。
働き盛りの男性や、こどもたちがテントややぐらの設営、模擬店の係を手伝って、支えられているところもあります。
しかし、その一方で、高齢化がどんどん進み、気の毒なくらい規模を縮小せざるを得ないところもあります。
また、財政的に行き詰まって来て、来年の開催が危ぶまれているところもあります。
地域の自主的な活動に、行政として、できることを可能な限り手厚くすることも大切です。
私は思います。
公人として、また、公党の人間の一人として、また、垂水の住民として、毎年の行事を苦労しながら運営されている人たちへのリスペクトの気持ちをもって、これからも時間が許す限り参加しようと。