松尾健同志が遺した絵画

    先日掲載した松尾健さんの遺品の絵画です。

    何を伝えたかったのでしょうか。

    自身のことを話す前に、他人の話をしっかり聞く人でした。

    歴史が好きで、垂水区、神戸の歴史に明るかったです。

    出版社が倒産した直後だったと思いますが、「若い頃はアムステルダムに暫く住んで絵を描いていました」(親戚の方からの話に依ると)。他、ベネルクス3国以外に英・独、スペインにも行ったのだったかなあ?

    放浪の旅をして、アートを吸収して来たようでした。

    「神戸や東京で個展を開いたりしていましたが、震災で家が全壊してから苦労したようです」(親戚)。

    私との出会いは、その何年か後。

    多聞東小学校で開いた「神戸市政報告会」に、当時、新人候補者だった私の話を聞きに来てくれてからでした。

    形式張ったことや没個性をとても嫌っていました。

    落葉を見ると作品を作りたそうにしていたような気がしました。

    そして、「身近な所で発表出来る会場がほしい」と。

    お金があったら、広範な人達に作品を発表出来たと思います。

    ⬜️ ⬜️ ⬜️

    2020年頃、「何か困っていることは有りませんか?」

    コロナ禍で日本中が動揺した時に、日本共産党新多聞支部の一員として、生活相談所から一緒に電話掛けをしました。

    近所の独り暮らしの高齢者を何度も訪ねて世話をし、信頼されていました。

    そして、「しんぶん赤旗」の読者を増やしてくれました。

    今、配っている私のリーフレットにも協力してくれました(右下の後ろ姿が松尾さんです)。

    早朝や夕方の街頭宣伝にも参加を欠かさなかった松尾健同志。

    この写真が「最後の活動」になる。

    私にとって、頼りがいがある日本共産党員でした。

神戸市議団と揃い踏みで街頭宣伝

  • 今日は、塩屋駅前でAM.6時30分から早朝宣伝。

    その後から市役所前で神戸市議団と揃い踏みで街頭宣伝をしました。

    酷寒の時期ですが、いよいよってところで、気合いが入ります。

  • 街頭演説~介護や年金の話に拍手

      今日は午前、午後と宣伝カーで垂水区内を街頭演説しました。

      年末辺りから反応の良さを感じてきましたが、今日も、です(^○^)

      中には、遠くから拍手も(#^.^#)

      年金と介護のことに触れた時だったと思います。

      新年の挨拶でアドリブ演説ですが、動画を上げました。

      神陵台の団地内で演説した時の分です。
      ↓ ↓ ↓

      なんか、この動画の音声、リバーブが掛かっているようです。

    幸先の良い一日になりました\(^_^)/

    2023年1月1日。

    早朝6時の舞子駅は若い人、若い人、若い人…もちろん、親子連れや元気な高齢者も行き先は一つ。

    アジュール舞子へ。

    初日の出を見に行く人たちです。

    加藤健二さんと一緒に「日の出宣伝」をしました。

    「日本共産党の加藤健二と赤田かつのりです。今年もよろしくお願いします!」

    「頑張ってください!」

    目が合った若い人たちから激励が何人も!(・о・)

    日の出はとてもキレイで、垂水区らしい(?)宣伝になりました。(#^.^#)

    AM.10時から恒例の垂水駅前宣伝。なんと、既に維新に場所を取られていました!

    でも、宣伝参加人数では共産党が圧倒しました\(^_^)/

    「立憲民主には失望しました。共産党に頑張ってほしいです」

    海神社に御詣りに行く人たちが多く、いつもの垂水駅前宣伝とは違う人々の流れ。

    リーフレットもよく受け取ってくれました。

    幸先が良い一日になったと思います(^^ゞ

    早く戦争を終わらせて、暮らしの要求で政治を前に動かす一年にしていきたいです!(^o^)/

    2022年を振り返って

    今年一年を振り返って見ると…
    ○高血圧症で上が200に達し、焦ったこと(今は大丈夫です)。危なかった!自身の健康管理。反省(^_^;)
    ○参議院選挙の比例候補者として兵庫県下て活動したこと。たいへん勉強になり、励みになった!\(^_^)/
    ○趣味のソロギター。採譜で悪戦苦闘していること。(・о・)
    ○病気、コロナ感染、孤独死。仲間を立て続けに亡くしたこと。(ノдヽ)
    ○地元の仲間、加藤健二さんを県会候補に迎えて、来年4月に向けて、ともに活動を開始したこと。(^o^)/
    以上の”五大ニュース”(順不同)です。
    ブログ。暫く中断しました。しっかり続けます(^_^)

    もう会えない。また仲間を…

    2022年12月30日。

    また一人、仲間を亡くした。

    松尾健さんという70歳代の男性。

    今朝、携帯に電話をしても繋がらない。

    普段なら直ぐに出てくれる人なのに…おかしいな。

    数時間後、他にも同じように彼の近況を心配していた方から、連絡が入った。

    「亡くなりました」。

    原因はわからない。

    松尾さんは独り暮らし。

    真夏も真冬もエアコンがない日常。

    本当はキツかったんじゃなかったかな…。

    私とは20年くらい前からのお付き合い。

    新人候補の頃から応援してくれた。

    何故だろう?

    時間やお金の常識をしっかりと持つ几帳面さ。

    形式張ったことは望まなかった。

    健康面、生活は規則正しく、特に食事に気を遣っていた。

    生活が苦しく、スーパーの見切り品で凌いでいたが、食品の栄養価を第一に考えて遣り繰りをされていた。

    その点、無頓着な私は勉強になった。

    「簡単な買い物からでも、何か困ったことがあったら支援しますよ!」

    高齢者、障がい者、道端で見知らぬ人にも躊躇することなく、気軽に声を掛け、知り合いをつくる松尾さん。

    活字を食い入るように読み込み、勉強好きだった松尾さん。

    自身が感じていることを他人に伝えようとしても伝えきれず、もどかしい気持ちになっていることがよくあった。

    個性を潰す半ば全体主義的な空気、自分のことばかりしゃべって、会話のキャッチボールを知らない”大人”を厳しく批判する人だった。

    「40年数年前、百科事典を買っていただき有り難うございました!ホルプ元社員の松尾です!」

    他人の恩情を決して忘れず、出版社のセールスマン時代に書籍を買ってくれた顧客との縁をいまに至っても大事にしていた。

    伺い知れない苦労があってのことか。

    彼を嫌う人や敬遠する人もいた。

    しかし、私はそんな松尾さんが好きだった。

    松尾さんは美術家でもあった。

    落ち葉や棒切れ、小枝、石ころ、張り裂けたぼろ布などを素材にしてたかな?

    人間社会の裏側、醜さ、落ちぶれ荒んだ様を空間を目一杯利用して大胆に抽象的に画く。

    「絵の具や筆、画板、値上がりして、なかなか描けない」。

    ご自宅では赤々とした遺品が、愛読書の山の中に埋もれていたのではないだろうか?

    写真で若い頃の作品を見せてもらったことがあったけど、一度は直に接してみたかった!

    「作品を発表出来る場所が欲しい」

    出来れば松尾さんの個展のような企画を実現してあげたかった。

    ゆっくりと芋焼酎を水か湯で割って独り、口にするのを毎夜の楽しみしていた。

    「赤田さん、僕のような嫌われもんで、わけのわからんこという人間も、時には必要やろ?」

    「いや、松尾さんの話は筋が通ってるよ!」

    「エエッ!そんなこと言われたのは生まれて初めてや!」。

    でも正義感が強く、優しい人だった。

    寒い夜に独り旅立って行った。

    もう会えない…20年間、有り難う!

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