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2022年参議院選挙を振り返って

18日間の参議院選挙(6月22日~7月9日)。

私は比例代表候補(第2次)として兵庫県下41市町中27市町を駆け巡りました(^O^)/

都市部から農村部へ、農村部から都市部へ…連泊も繰り返しましたが、頑張りがいを絶やすことなく元気に活動することが出来ました!(^^)!

それにしても兵庫県は本当に広い!と実感しました(@_@)

各地で県会議員、市会議員、町会議員のみなさんと一緒に行動させていただきました<(_ _)>

それぞれの地域で奮闘をされています。
2次救急病院の統廃合、高校、小中学校の統廃合、こどもの給食費、子どもの医療費を最近無料化を実現したところもあります。

日本共産党地方議員の議席は宝の議席です。


(序盤、須磨区で)


(西区・学園都市駅前で)

(春日プラザ演説会で清水ただし前衆院議員とグータッチ!)


(加古川市内で立花俊治・橋本和彦市議達と)


(高砂市で坂辺勝彦、大西由紀市議達と)


(豊岡駅前で朝宣伝。村岡峰男市議、上田伴子市議達と。撮影は須山泰一市議)


(神崎郡市川町の公民館の前から。岩見町長の自宅の近くだそうです)


(川辺郡猪名川町には2回入りました。下坊辰雄町議、池上哲男町議と。)


(最終日の三田市。水元サユミ市議、長尾明憲市議、木村雅人市議。公示前と見違えるように好反応が!)


(丹波市山南から。西脇秀隆市議と。猛暑で日傘を)



(伊丹市から。上原秀樹市議、久村真知子市議達と)


(西明石駅前の夕方宣伝。明石民商の田中耕太郎さん達と。日頃よりも遥かにビラの受け取りが良かったとか!)

「日本共産党の演説を始めて聴きました!」(但馬地域の公民館の前で。高齢の女性が法定ビラをしっかり読みながら)
「引っ越してきて初めて共産党さんの演説を聴きました!大阪で正森成二さん(元衆院議員)のファンでした!」(川西市の高台のマンションから)
「赤田さんと大学が一緒です」と車椅子で出てきてくれた男性。(尼崎市で。たぶん、ツイッターをフォローしていただいているのでは?)

各地域で大ベテラン議員ともご一緒させていただきました!

夕方宣伝の後から、ほとんど毎日各地で演説会。


(神戸市中央区の演説会場にて)


(神戸市北区・有野台の演説会。ギリギリ間に合いました。亡き母の同僚に偶然出会いました)



(神戸市長田区の演説会場から。森本真市議、宮野つるおさん)


(宝塚市での演説会は夜8時からの開始。にもかかわらず、広い会場は熱気・活気・満員!ねりき恵子県議、宮本たけし衆議院議員と)


(西宮では民商のみなさんが中心になって開催していただきました)

(明石市の夜の演説会です。辻本達也市議、楠本美紀市議達と2回ごいっしょさせていただきました)
それぞれの演説会場や、駅前などでは垂水区でご一緒に活動してきた方など懐かし人(明石、西宮、丹波、長田区…)に、また、亡き両親のことを訊ねて来られた方々に何人も出合いました(北区、東灘区、加古川、明石…)。

「力強い!」「よく分かり、胸の内がスーッとしました!」「元気が出ました!」「赤田さんって、写真では拝見してきましたけれど、おもしろい方なんですね!」

他都市での初めての演説会。

自分でいうのもなんですが、公示前から高く評価していただきました(^^ゞ

それぞれの地域で、ほとんど地方議員の同志とともに行動。

私も市会議員を務めてきたせいもあり、仲間意識と元気が湧きました!ヽ(^o^)丿

私には、伊丹市で青年から憲法9条に対する態度を聞かれた時のことが忘れられません。

街頭宣伝中に私の宣伝カーを自転車で追いかけて来た青年がいました。

「日本共産党さんは、憲法9条をどのように考えていらっしゃるのですか?」真顔で尋ねてきました。

端的に伝えると、ものすごく喜んでくれました。

と、同時に、ああ、共産党が平和の党だということを知らないんだなと思いました。


都市部でも、農村部でも、中高生、外国人、ドライバー…アナウンスや私の演説に手を振ってくれる人が、選挙序盤から終盤まで減ることはありませんでした。

最終盤、安倍晋三元首相襲撃事件直後2日間も同様でした。

むしろ、反応は温かかったです。

野党共闘への分断と激しい攻撃、ウクライナ危機に乗じた日本共産党へのデマ、前のめりの憲法改悪策動と大軍拡の大合唱…

昨年の総選挙以来の政治的“大逆流”からの反転攻勢を掛けた戦いの最中。今回の選挙で、比例で5議席を獲得することは、6年前に5議席獲得した時以上の値打ちや歴史的意義をもつものだと思いながら戦ってきました。

そもそも比例での飛躍なしに選挙区での勝利はまず考えられません。比例代表選挙の兵庫県下各行政区ごとの得票は、昨年の衆院選と比べて、得票率と得票数で伸ばしている行政区が22あります(^^)/

私は投票用紙に「共産党」「日本共産党」、あるいは党公認の候補者名を書いてくださった方が増えているところがあるのはとても大事だと思います。

責任を全うできず、とても残念な結果となりましたが、私個人にとっては一生の糧となる体験が出来たと感じています。

明日から参議院選挙

    いよいよ明日から参議院選挙が始まります。

    5月末に要請を受けてからまだ約1か月しかたっていません。

    戦争させない。

    暮らしに希望を。

    歴史的な戦いに勝利することは、国民への責任!


    (三田から)

    しかし率直に言って、勝機をつかむまでにはこれからというのが現在の立ち位置ではないだろうかな?

    垂水に仲間から対話した経験を聴きました。


    (西宮から)

    「いままで、自民党に投票してきましたが、今回は考えます」。

    変化は生まれています。


    (尼崎から)

    Cool heads but warm hearts

    7月10日の投票日までの18日間と短期決戦ですが、”必ず勝つぞ”という熱意とともに、全体を概観し、いま国民の置かれている立場に身を寄せて。

    さあ頑張っていこう。

まったく知らないまちでも

    参院選の比例予定候補として活動を開始して、数週間が経ちました。

    但馬、丹波、阪神間、播州・姫路方面、淡路島…全く知らない町に足を運んで、演説会や決起集会、街頭宣伝。

    良い意味での緊張の連続です。

    でもどこの地域でも同志から温かく迎えられ、通じ合うものがあります。

    自分の中のエネルギーが減ることなんて全くありません。

    それと各地の市会議員・前議員・県会議員の同志の姿に“素晴らしいなあ”ととてもかっこよく映ってしまいます。

    現在、6月議会会期中のはず。

    わずかな時間でしか会話や経験交流はできません。

    毎日毎日が多忙。

    でも、地元の党を苦労や悩みやなどをも厭わずにしっかりと支え、住民に寄り添って活動していらっしゃる。

    “共産党の議員だなあ”と輝いて見えます。

学歴について

予定候補者になると、マスコミ各社から調査票の提出依頼が来ます。

過去の職業などの経歴、学歴、趣味、尊敬する人、家族構成、現住所や本籍地…を記入するようになっていますが、

今回、ちょっと驚いたのは、1社から最終学歴を証明する書類の写しの提出を求められたことです。

過去に出た選挙ではそこまで問われませんでした。

よく学歴を詐称する人が出てくるので、それは分からなくもないですけど…。

しかし私の場合は大阪教育大学大学院修士課程を1992(平成4)年に修了しているので、それは30年前こと。

証明できるものと言えば、まず、卒業証書にあたる「学位記」。

これは大きいのでコピーが困難。

だいたい、小学校位からどの段階の学校の卒業証書はコピーしにくいはず。

もう一つは修了証明書。

これはB5サイズ1枚ものなので、コピーは簡単。

“もし何かで必要なことがあるかも”と一応保管してきたのが、幸いしました(;´∀`) 

もし、失くしていたら大変でした(母校に問い合わせれば再発行できるかどうか、出来るとしても手間と時間が掛かるかも)。

学歴詐称者が頻発するということは、それが“売り”になるからなのかもしれませんが、求められるのは、この社会と国民のために、いったいどういう人たちの立場で政治家として頑張り通せるのか、だと思いますが(-_-)

私の学生・院生時代

    私は、つつじが丘小学校と垂水東中学校で教育実習を体験しました。

    楽しかった一方で、毎日が緊張の連続でした。

    「授業の準備ってたいへんだなあ」

    「上司の先生には気を遣うなあ」と強く感じたものでした。

    勉強につまづいている子、友達ができなくて寂しそうにしている子など気になっていても、手が届かないこともありえます。

    今、正規教員を大幅に増やして1クラス30以下学級の実現を訴えていますが、これは私の強い実感でもあります。

    その後、大学院に残りました。

    当時の大阪教育大学には、経済学の教員が4人おられて、マルクスの理論や、いわゆる近代経済学も学べたからでした。

    修士論文のテーマは、「EC(現在のEU)の共通農業政策─イギリス農業と牛乳生産調整」。

    時は1990年代初頭。

    新自由主義の流れにイギリス農業はしっかり順応しているなあと思いました。

    当時は、「ソ連が崩壊して社会主義は終焉した」「資本主義万歳」論が支配的だっただけに、大きく時代は変わって来たなと思います。

    中国からの留学生がかなり在籍しており、交流ができました。

    友達の家やゼミ室でウスターソースや醤油をかけて“餃子パーティー”もしました。

    ある時、「赤田さん、あなたは宗教に寛容ですか?」とこわばった表情で尋ねられたことがありました。

    「日本は“ヨーロッパの窓”だと思います!」と力説する方もいました。

    天安門事件の直後、自由権が制限されている中国社会への不満からでした。

    私が演説で話していることの一つは、「覇権主義への従属・屈従外交から抜け出し、自主・自立の平和外交に転換する(「新しい日本をつくる五つの提案」より)です。

    習近平政権は、東シナ海・南シナ海での覇権主義的行動をエスカレートさせ、香港での人権侵害や新疆ウイグル自治区での少数民族の抑圧を強めていますが、菅政権はこの国際法を無視した野蛮な行為に抗議ひとつしません。

    通常国会での外交演説でも、一言も触れませんでした。

    日本共産党は相手がどんな国であれ、覇権主義・人権侵害は許さないという姿勢を確立した政権をつくります。

今月のあいさつ動画

今月のあいさつ動画です。体験談をもとにつくりました。

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