ブログを開いて1年余り、貴重な出会いもあったし、なかなか口では言い出せないことも、ブログだからこそ書けるという利点もある。
度々思うことがある…。
今にして会って見たい人。
今どこで何をしているのやら…。
運よく実際に会えたとしても、なんか話がかみ合わなくて、会ってみてもどうってことないかもしれないが…。
私が20代のころ、学習塾(名進セミナー)で働いていたとき、’腰掛’で働きながら、弁護士を志していたSさん(当時、灘区に独りで暮らしていた)のことをふと思い出す。
震災のとき、「こんな仕事をいつまでもしていて本当にいいのかなあ」
「こどもにもっと自然体で接する方がいいと思う」
「バスの運転手のNさんはさわやかな人だなあ…」
当時、党活動から離れていた私自身に生き方のヒントを与えてくれたような気がする。
Sさんは人からの評価を求めるよりも、常に自然体で、自分の考えを大事にしようとしていたことや、法曹を志していたこともあったせいか、筋道を立てて、その人が主義主張を述べているのかを、評価の価値基準にしていたと思う。
共産党支持でも何でもなかった(むしろ嫌っていたんじゃなかったかなあ)。
でも、私がこれまで接してきた人たちの中で、スジ論よりも感情や経験則でものごとの判断をしているヤツが馬鹿ほどいる!
いくら主義主張が立派でも、
結局、物事を固定的に観ているではないか!
一種の「権威」をものさしにして価値判断をしているのではないか!!
人間の「器」の小ささ。
頭の上から見下ろすようにしゃべってくる「偉いさん」(`∧´)
だからこそ、気になってしまう。
ふと、会ってみたい気がする。
Sさん、元気にしているのかなあ…と。
今日、質問準備のために登庁していたのですが、休憩の時間、市役所1号館の市民ギャラリーで広島と長崎の被爆写真などの展示がおこなわれていたので覗いてみることにしました。
戦前の広島市地図や第五福竜丸の写真、被爆した当時の生々しい写真、核兵器廃絶や脱原発を願うメッセージ、それに中学生動員学徒の山積みされる死体、負傷者をうちわであおぐ兵士、死んだ母親にすがりつくこどもなどを描いた水彩画…どれも迫力があり、被爆の恐ろしさを精魂こめて後世に伝えきろうとする魂を感じました。
一番印象的だったのは、「原爆の子の像」のモデルで12歳で亡くなった佐々木禎子さんの生涯についての資料でした。
もし原爆がなければ、まだ、70歳手前で元気に現代社会で活躍していたかもしれません。
最後まで希望を失わず、病に怯むことなく一生懸命に生き抜いたこの女性に心打たれるものがありました。
また、広島・長崎に行かなければという思いにさせられました。
今朝、塩屋漁港で漁業協同組合が主催する「大漁まつり」に参加しました。
タイ、ハゲ、アマガレイ、ガシラ、べラ、アナゴ…
近海で獲られた魚は午前中の1~2時間あまりであっという間に売れてしまったようでした。
こども達が生きた新鮮な魚と接している様は、”食育”を感じさせました。
その後、垂水民主商工会の総会に来賓として出席。
同席した大椙鉄夫地区委員長は昨日、垂水商店街前で消費税増税反対を買い物客などに力強く訴え、総会で中小業者のみなさんを激励しました。
今朝、新聞配達中に突然バイクが動かなくなるというハプニングに遭いました。
どうも、バッテリーが上がっているようで、朝の忙しい時間帯にひやっとしました(・・;)
午前10時から本会議。
こんな日に、遅刻したらたいへんです!
私にとって、最寄駅までの通勤でも区内の移動でも、バイクは必需品なので、もし、8時や9時代にそんな目にあったら…。
本会議では、わが会派の松本則子議員をはじめ、3人が議案に対する質疑をおこないました。
私は、ちょうど1週間後の22日に、同じく本会議場で質問(議案外質問)をします。
一生懸命準備をしている最中です。