今朝、新年のあいさつ回りの帰りにバイクで事務所に戻る途中、昔懐かしい駄菓子屋さんのカベに私と今井まさこさんの連名ポスターが掲示されているのが目に入った。(こんなところにウチのポスターが貼ってあるなんて…)実は、私の中学(垂水東中)・高校(長田高校)時代の旧友の自宅だ。何十年もあっていないのだが、ちょっと驚き、喜んだ\(^^)/長田の同窓生からは、毎年暑中見舞いや年賀状をいただく。「ご健闘を祈ります」「もうすぐ選挙ですね(中略)神経のつかいすぎで面長になったのですね」「いくつも病気し入退院を繰り返しました」「同年輩の友人の減少に淋しさを感じています」日頃なかなかお会いすることはできないが、同じ時期に長田で過ごした時期を共有したご縁を確認しあえて嬉しくなる。”つながり”って人生のひとつの糧なのだなあなんて思ったりもする。どうか、今年も元気でいてください。そして、いつかどこかでお会いしましょう(^^)
五色塚古墳で昼ごろ。子どもたちが凧揚げを愉しみ、木々にメジロがさえずるのどかな光景…
元日、早配を終えてから1時間ほど、近くのファーストフード店で休憩と仮眠をし、9時から12時まで舞子駅のバス停前で乗客に挨拶を交わしました。新人のころから独りで駅立ちすることに、何の抵抗もためらいも感じてこなかった私ですから、元日早々、2人の仲間が手伝いに来てくださったのは、いつになくありがたかったです。とにかく、寝不足も手伝ってか、寒さが特に身にこたえて辛かったのも正直な気持ちです(^^;)10時過ぎだったか、新快速が舞子駅で臨時停車をしたようで、私が窓から景色を見下ろす乗客に手を振ると、手を振って私に応えてくれた人もいたほどの時間間隔で、停車をしていました。「また、人身事故か…」と、一瞬仲間と立ち話に。JRの人身事故の多いので、ついそんな風にとらえてしまいそうになります(実際は、どうだったか確認していませんが)。新聞で「JR西 報知灯増設へ」という記事を読みました。舞子駅での人身事故を受けての再発防止策のようです。また、舞子駅では、事故現場付近に固定柵を設置するとか。それはそうと、どの駅であっても、人身事故から乗降客の安全を保障するためには、正規のホーム要員を加配するなど必要な対策を前向きに実施すべきです。無人駅ではどうなるのか、垂水駅のようにホームが弓形になっていて、車掌からは前方の見通しが特に悪い駅ではどうなるのか…みなさんの意見もお聞きしながら考えていきたいと思います。それはそうと、昨日の寒さは特に応え、風邪をひいて、この後寝込んでしまいました(**)
毎年のことだが、大晦日も三が日もただ、西暦が変わるだけの変化しか感じることができない。この一年がどういう一年だったのかを振り返るまでもなく、新しい年を迎える。今日は、昼過ぎまで「赤旗」新聞の読者拡大に精を出し、夕方まで、これまで残していた雑用を片付けた。夜は、妻の実家で親戚とともに年越しそばを食べながらの「紅白歌合戦」という計画。つかの間の自由な時間を楽しみに、差し入れに神戸駅でアンパンを買って帰った。それにしても、歌番組に出てくる歌手の様変わりには、普段まともにテレビを視ていない私にとっては”浦島太郎”のようなものだ(^^;)白組の司会者は若い男性の人気グループ。”嵐”という人たちだそうだが、私には「嵐」と「忍者」の区別もつかない(**)。転寝しかけたころに、55歳になった郷ひろみが映る。「あんな55歳ってすてきだね」「結婚してたっけ?」「そういや、郷ひろみと松田聖子がうわさになってたよな~」(この私の突っ込みは完全に”孤立”)。クミコさんの「INORI(祈り)」という曲を初めて聴いたが、また聴いてみようという気になった。原爆の子像のモデル・佐々木禎子さんをうたった曲だとか。明日も仕事。このブログを書き終えたら、宣伝活動の下準備が待っている。以前、舞子駅で「派遣切りをなくそう」と演説しかけたとき、突然、私のところへ「僕も派遣切りでひどい目にあったんです。がんばってください」と励ましてくれたK君が、「今年は無事に正月を迎えられます」と昨日の朝、同じ場所で嬉しそうに話しかけてくれ、握手を交わした。つかの間のやりとりだったがとても嬉しかった。新しい年に新しい出会いや発見が待っている!土曜日は早配の当番日。明日に備えよう(‐‐)zzz
「あんたの顔と名前、駅でイヤというほど見たわ。なんや、うちの近所に住んどったんか!」「30年前、青山台の県営住宅でご両親と親しくお付き合いさせてもらいました。いまもお元気にしていますか?あなたの選挙、家族でずっと注目してきました」…個人的な励ましをいただく一方で、「自民も民主もだめ。お宅らにがんばってもらわんと…」「もう政治には失望したわ」などといった声も少なからず寄せられます。国民の願いを真摯に受けとめ、公約を裏切らないのが政治家の最低限のモラルではないでしょうか。日本共産党の値打ちや魅力を多くの人たちにまるごとお伝えしたいと思う、今日この頃です。
最近、周囲からの「風圧」を感じる。4年前の同時期には全くなかった、とげとげしい何かを。当時と今とでは、政治や社会の情勢は違っている。今日の寒気に似た世間の冷たさと対峙し、孤独と不安に耐え苦しみながらの日々を過ごしている人がいっそう増えている。腹の立つことや叫びたいことが山ほどあっても、”いくら叫んでもどうせ届きっこない”もどかしさ、むなしさ、苛立ち…。共産党を支持してくれてきた人たちからも”無力感”が伝わってくることだってある。私はいま、現職ではない。しかし、この4年間に学んだことは豊富にある。その一つは、バッジがなくても、地域を代表する日本共産党の一政治家だということだ。「あんた、落ちとったんか!」「よく写真で見かけます」「先生、期待してるで!」~世間は私が現職かどうかということ以上に、実際に市民のために真面目に動いてくれるのかどうかが評価の基準になっている。当然だと思う。常に、”評価”がついて回る。”評価”には感情も伴ってくる。遠い世間と近い世間とでは尺度が違う。私と近いところの”目と耳”は、どこか斜に構えてる。とげとげしい視線と言葉。12月初旬辺りから空気と風向きが変わり始めた。何かはわかっている。しかしそれが何なのか、どこから来ているのかは、妻にも両親にも同僚にも言えない、誰にも絶対に言えない。”震源地”は私ではない。願望は願望。しっかり足元を見て、現実と向き合う勇気がほしい。私はまっすぐ前に向いて進むだけ…